「学ぶ」技術

過去に趣味として、興味の湧いたことには色々と挑戦してきたが、「訓練しよう」という意識を持ったのは、囲碁が初めてかもしれない。

趣味といえば「好きこそ物の上手なれ」で楽しめるものだと思っていた。(「下手の横好き」という言葉もあるが。)
しかし、好きとか嫌いとか、そういう気持ちからではなく始めた囲碁は、自己研鑽の訓練という今までにない目的が含まれていた。こうなると趣味というか、習い事。(趣味のための習い事?)

変動激しい世の中で、スキルアップが欠かせない仕事の日々があり、いかに効率よく物事を吸収できるか。「学ぶ」技術を求め続けてきた。
その中で、囲碁を学ぶことを通して、「学ぶ」技術を更に手堅いものにできるのではないか、と思うようになってきた。

囲碁の訓練(学習?)を自宅でやっていると、なんだか安心するところがある。
「これをやっていれば、少しずつでも上達する」
歴史ある囲碁(道?)では、方法論が確立していて、その内容がオープンになっているからだろう。(ある時まではクローズだったようだけど)

今思うのは、親や教師から言われ続けてきたことに、物事を学ぶということの要素が十分に含まれていたのだなぁ、ということだった。ただ、その理由が知りたくて、ここまで遠回りしていたような気がする。

そのことに納得できたので、後悔はしていない。これからきっと、この技術を活用していく楽しみがあるのだから。

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