ツッパリ棒

 本日は土曜日なので囲碁教室。
 講義の内容は、先生が(おそらくNHK杯予選で)対局した際の内容の解説。

 その後、生徒同士の対局では、判定勝ちをおさめた。
 今回の対局相手は、私が教室に通い始めてから、(おそらく一番)多く対局してきたYさん。お互いに「またですね・・・」という感じで、ニギって始まった。

 ここ最近教室では『決め打ち碁』ではなく、布石から自由に打っている。(結局、級位とは無関係にトコロテン式で布石から打つこととなった様子)
 その布石を打っているときの感覚を、自分なりに喩えるなら、何というか「ツッパリ棒を広げている」感じ。(という表現で伝わるでしょうか?)

 「生きるーーぅ、ためにーーぃ、場所をーーぉ、確保ーーぉ」

というように、相手の石を突っ張って、突っ張って、打っていく。(もちろん、それと同時に相手の石に響かせる、利かせるような打ち方も意識して)
結局この打ち方が“粘り強い”打ち方になって、意外と地を稼いでくれる。

 振り返ってみると、思い立ってコツコツと詰碁を勉強しはじめてから、生きるスペースがどれくらいなのか、徐々に判り始めてきた。
だから、その「ツッパリ棒」を入れる場所(つまり生きられそうな場所)も、なんとなく見分けがついてきて、以前より自然に石を置けるようになった。

 自分で言うのもなんだが(他の人は言ってくれるわけでもないので)、
自分の成長がじつに嬉しい。そうなると勉強する励みになる。まさに好循環。

 その成長した能力も関係してか、相手に自分の石を分断されても“大丈夫な場所”と、“絶対に守るべき場所”も、以前より断然区別できるようになった(気がする)。
 そういう効果があるなら、率先して死活の勉強(詰碁)は、やっておくべきだろう。コツコツとでも。
 
 
追伸:詰碁の勉強は、基本的に『世界一役に立つ実戦詰碁』だけを使っている。問題を一問一問、手作りの碁罫紙に描き写し、以前ブログに書いたように補助線を加えた上で、答えを考える。という手間をかけて勉強している。それも、数ヶ月は続けている。むしろ、これ以外は家で勉強していない。だから、「あー、詰碁は大切なんだ」と思っている次第。そして、もっと効果的な勉強方法を知りたいなぁ。

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